戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
言いたくない過去が心を巣食っているがゆえ、対峙した男に何も言えずに黙ってしまった私。
好きとか愛してるとか――それらのフレーズが安いものにしか感じられない、と自嘲しているうえ。
言いたいのに言えない――そう理由づけて弁えた女のフリをしつつ。結局のところは、見限られることが怖いだけの意気地なし。
それはキスの意味や理由を口にしないロボット男に対し、あと何を期待出来るのかも分からないから。
「乱暴ですね」
「…べ、つに」
「傷がつきます」
頬を濡らす涙を自身でゴシゴシと拭う手を、そのしなやかな手に遮られたのも束の間。
携帯電話のバイブレーションが、静かなリビングで歪な音として聞こえた。
それに弾かれたように大きく肩を揺らせば、ようやく詰められていた距離が広がって安堵する。
「…チッ、失礼――何の用だ」
「…、」
いやいや、あざやかすぎる舌打ちが、思いきり私の耳にも届きましたが。
仮にも貴公子と呼ばれるロボット男が、はしたない言動をなさるとは驚きだ――
「知るか――自分で解決しろ。俺が介入する事案じゃない」
「まずマイクに連絡すれば――何?…まったく」
「それなら自分でフランクフルトへ発て」
かの嫌味オンパレードは、私にとって日常茶飯であるものの。眉根を寄せながらの今の声音は、通話相手に失礼加減が伝わっていると思った。