戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
すっかりいつもと同じ落ち着き払った声音に、コクコク頷き返しつつ俄かに安堵したとは口にしないが。
「やけに嬉しそうですね」
「は…、い、いえ!」
縦に振っていた首を今度は左右へブンブン振れば、訝しげな表情のロボット男を捉えてしまう。
これでは推察通り、この状況が打破出来て嬉しいとは口が裂けても言えないわ…。
「…仕方ありません。
本当の用事は後日、こちらより連絡入れますから」
しかしながら、それを咎める時間さえも惜しかったらしいロボット男に救われる。
ソファに置いていたスーツのジャケットとバッグを手に、颯爽とマンションをあとにしてしまった…。
置き去りにされた一言と、バタンと豪快に閉まったドアの音が室内に木霊する中で。
それを黙って聞くことしか出来ず、まるで相手を引き止める権利なき愛人ではないかと自嘲する。
“行ってらっしゃい”も言えない立場で、いったい彼に何を求めているのだろう…?
ロボット男は朱莉さんのもの――そう心に留め金を打ちながらも。すっかり乾いていた唇をそっと触れる。
さっきの余韻が脳内を占有するから、それもまたひどく惨めで後悔ばかりに駆られていた…。