戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
そうだった。世間からみれば今の私は、幸せの絶頂期に立っている女――それでいて最後の一言は不用意な発言だ。
何と言えば良いか思案しかねて苦笑に徹すれば、いつにない柔らかな表情を浮かべた悟くん。
その落ち着き払った表情は、こちらの心中が見抜かれているような気がした。
「怜葉ちゃん…、本当はこれから予定があるよね?」
「…え、なんで」
「――直帰の割には靴のヒールが高いし、洋服の方もこの前のパーティーと似た雰囲気だ。
何より、携帯や時計ばかりを気にしていたとなれば、相手が時間に手厳しいか、はたまた多忙な人か…。
すなわち高階くんが待ち合わせの人物と思うけど――どうかな?」
唐突な発言でギクリと動揺に駆られたのを頷き宥めれば、推理ショーと思うほどテノール・ボイスでつらつらその理由を並べ立てる。
もちろん犯人役の私にとっては、耳の痛い事実ばかりで困惑するしかない。
「…悟くん、審美眼ありすぎだよ」
「ハハ…、それが唯一の生きる術だったからね」
多少の皮肉を込めて返したものの、それをサラリと綺麗な笑みで返されたことからまったく気づかなかった。
最後の一言に悟くんの抱える闇と本音が表れていたことなど…。
「ああーあと10分…、行きたくないな」
「仲直りしたよね?」
誰にも吐露出来なかったせいか、それとも悟くんに対して緩みきっていた警戒心のせいなのか。
項垂れるようにして本心を呟けば、隣から当然の疑問符を掛けられてしまう。