戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
待ち合わせの時間には遅れていないし、格好にも気を配っては来たが――彼の怒っている理由はそんなものじゃない。
ビジネス相手である悟くんを、プライベート存分なこの場に勝手に引き入れたせいだ――
最愛の朱莉さんとのプライベートな時間に、ただでさえ偽者が加わって苛立たしいうえ。
ビジネス関係者が加わるとなれば、それなりに“顔”も変えねばならないのが専務の立場。
どうやらロボット男が不快な一声を発した時点で、悟くんの同席を断わるべきだったのかもしれない。
いや、それこそ私が逃げ出しかねなかったし、これは妥当な状況だと都合良く結論づけておいた。
ただ…黒く艶やかな眼差しを向けられると、先日の彼とのセックスを思い出して複雑なもの。
隣の美しい本命の朱莉さんが知ったら…、まさに不貞といえる行為を冒している――許される権利など、偽者の私には微塵もない。
その真っ直ぐな瞳を受け止める技量や勇気がある筈もなく、不審に思われるほど専務からふいと顔を逸らしてしまった。
それでもなお専務の鋭い視線を遮るには、もう俯き加減で過ごすのが最善に思われるほど。
「人の目を見るのは当然のマナーでしょう」
「…、」
「怜葉さん、貴方に言っているのですが」
「…申し訳ありません、専務」
まさか言葉で責め立てられるとは思わず、大きな動揺が声を震わせてしまうが。それで眼を見られるほど、心は簡単に動かない。