戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
きっぱり諦めよう――そう決意すれば繰り広げられる仲良い光景を前にしても、不思議と涙が出て来なかった。
それはきっと、弱い心を封印したいから。今が父に見捨てられた時と酷似しているせいか、幾つになっても逃げたい精神は治らないよう。
ただ、逃げることも時として悪いことではないと思わせて欲しい。
嫉妬心を剥き出しに出来ないこの状況で、いっさい泣かずにいられるのだから…。
「悟くん…、」
「そっか、」
対峙する2人には決して伝わらない、言葉足らずな呼び掛け。それはいささか虚しいが、賢い悟くんにはコクリと頷く外なかった。
可愛く頬を膨らませる朱莉さんに、フランクな態度で接するロボット男を見ていても。
もうこれで大丈夫――その思いを込めて悟くんの手を避けると、冷めかけの料理へ再びカトラリーを持って向かう。
それでも専務の目をまともに見られないまま、当たり障りのない会話を交わすばかりであった。
「んー、美味しい!ね、怜葉ちゃんのは?」
「はい、美味しいですよ。ただ、…ちょっと苦いかもしれません」
最後に目の前に置かれたお品は、見た目に美しいムースのデザート。
それを口へ運べばブラウンの色味通り、どこか甘いのにほろ苦さ満点の味。
尋ねて来た朱莉さんの前には、可愛らしいベリーのムースが華やかな彩りを添えている。
「大人ねー、私コーヒー苦手なの」
「…いえ、そんなことは」
頭を振って苦笑で誤魔化す――もう子供でなければ、立派な大人の分別も持てていないから。