戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
つけ入る隙などない、まして割り入ろうとも思わない――いや、介入など出来ない。
やり取りを見つつ浮かべていたのは空しい自嘲笑いでも、不審に思われなかったはず。
今までのようにヘラリ笑って過ごすのが得策と、食事中もずっと一線を引いて聞き役に徹していた私。
すると腕時計を一瞥した悟くんが、チラリとこちらを窺うから。思わずバッグを持つ手にグッと力が入ってしまう。
今もなお解けずにいる、僅かな距離感が緊張を強いているせいかもしれない――
「今日は邪魔して悪かったね。
さて帰るかな…、怜葉ちゃん行こうか?」
「…あ、うん」
彼の視線の意味を理解したのは、柔和な態度で此処を遠ざけようとしてくれた言葉のお陰。
来る時は強引に掴んだ手が差し出され、それを受け取らない理由は今どこにもない。
むしろ一刻も早くこの場から攫って欲しい。その思いで彼の手を取ろうとした刹那――パシンと乾いた音と痛みに襲われた。
「…な、に」
「――どういうつもりですか、」
目的としていた場を失くし、力なく宙を舞った自分の手はジンジンとした痛みを帯びている。