戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


離して下さい、と幾度も呟いているのに。まったく聞く様子がなく、むしろ忌々しげな溜め息を吐くという失礼さ。


「怜葉さん、」

「…離して下さい」

「嫌ですね」

手の力も弱まるどころかさらに増して、それを傍らで見ている朱莉さんにはとても焦点を合わせられない。


静まっている他の2人の反応こそが恐怖であり、私にとって新たな動揺を生み出していたから。


そして淡々と偽者を咎めるロボット男――先ほどの時間のどこに、彼を怒らせるものが存在した?



ああ、…そういうことか。私が逃げようとする、今まさにこの態度が気に入らないのか。


また朱莉さんにすれば、目の前で繰り広げられるものは腹立たしい光景に違わないだろうに。


上流社会で育った彼女ゆえの分別が働き、本音を隠して状況観察しているのかもしれない…。



どれもが自分には逃げ場のない現実で、そう導かれるごとに心では自身を嘲る冷静さを取り戻す矛盾。


まさしく、いま必要とされるものが“嘘を吐く”ことだと行き着くばかりだと…。



「…悟くんと予定があるから、…離して下さい」

「それはどういう意味で?」

「っ、離して下さい」

「答えたら離します」

「…さっきの言葉が答えです」

それはまるで、このあとの情事を匂わせるフレーズ――大きな嘘を吐くと同時。


ロボット男に掴まれていた手首が、鈍い痛みとチリチリとした熱を孕んだまま解放された。


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