戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
あれから口を閉ざしたままの、ロボット男の様子が気になりながらも。振り返らずに進む中で耳に届いた――“彗星…”と呼ぶ弱々しい声。
頬を濡らし始めた涙をカバーしてくれる存在の誘い出しに、今日は何度となく感謝してもしきれない。
もしもあの場面で、あの場を立ち去れなければきっと。私は最後の悪あがきをしたに違いなかったから…。
「…今日は、もう泣かないの?」
「…うん、大丈夫。ありがとう」
歩き始めてから5分ほど経つと、肩に回していた手をそっと離してくれた悟くん。
大通りを行き交う車と立ち並ぶ店の煌々とした灯りを頼りに、屈んでこちらの顔を窺って来る。
レストラン前ですぐにタクシーを捕まえなかったのは、留まるのが得策ではないと彼も分かっていたからだろう。
朱莉さんの泣き始めたの理由も分からぬまま、その場に未練を残して去っていたのだ。
決してアルコールに煽られた訳でもないけど。フラフラと足が覚束なかったところからして、まだ動揺しているに違いない。
ただロボット男が追って来ないことから、朱莉さんを抱き寄せて宥めていると判断出来る。
ようやく始めから無謀な恋を自覚したという、虚しさと息苦しさで包まれると自らの感情が見えなくて。
あまりに考えるべきことが山積みすぎる…。ロボット男たちから離れた今だって、何に泣けば良いかも分からない。