戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
生ぬるい風が頬を掠めてゆく度、この虚しさを一刻も早く払ってしまいたい気分に陥った。
バッグの中で振動し続ける携帯電話の存在も気づいていたが、素知らぬふりで通してしまう。
――こう何度も掛けて来るのはきっと専務だから…。それに答えてしまえばまた、せっかくの決心が鈍ると…。
「怜葉ちゃん…、いいよね?」
「はい…、お願いします」
「それなら早い方が良いね」
再度こちらの意思を確かめた悟くんはそう言って、携帯電話をスーツの胸ポケットから取り出した。
操作をしてそれを耳元へ近づけた彼は、暫くすると通話相手に向かって口を開く。
「あ、彩人――いま大丈夫?」
「っ…」
通話となった瞬間、チラリと私に視線を送って来た悟くん。
時おり様子を窺いながら名を呼んで会話するのは、十数年と音信不通にして来た兄、その人の名であった。
ロボット男の時とは違う、チリチリ胸の焦がれるような痛みが襲う。今さらどうしようもない不安が渦を巻き始めても遅いのに…。
「ああそうか、良かったよ。それなら、これから将敏の店で落ち合えないか?
会って欲しい人が居るんだ…ああ、詳しいことはあとで――それじゃあ、」
自身でお願いしておきながら、昔を呼び寄せるただ一言に、こんなにも狼狽するとは情けない。