戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
まさか自分から、甲斐家に足を踏み入れる日が来ようとは夢にも思わなかった。
あんなに憎んで嫌いだと位置づけていたのに。のこのこ頭を下げて家へ戻ろうとしているとは、…人生の転じ方は分からないものだ。
もちろん名古屋へ帰る手もあるが…、年老いたおばあちゃんに迷惑が及んではならない。
そう、ここで頼るべきは甲斐の名前が最適だと分かっていた。もちろん私が答えを出しても、今さら易く受け入れてくれるとは到底思えないけど。
忘れてならないのがここは都内の路上であって、どこで話が漏れるとも限らない。
それを弁えての手短な通話を終えた彼は、次いでマーくんに連絡を取ると。その手からようやく、携帯電話を胸ポケットへ再び収めていた。
「…怜葉ちゃん、そういうことだから。今から行くよ」
「はい…悟くん、ありがとう」
それでも私には確かに、無機質な塊だったあの家の血が流れている――散々罵っていても結局、家に頼った自分の行いがひどく惨めに思う。
冷静に自身を捉えているにも拘らず、心臓の鼓動はバクバクといつにも増して煩い。
「いや――俺は礼を言われるような人間じゃないから」
「え?」
「さて…今からだと、社有車呼ぶよりタクシーの方が早いな」
手間ばかりを掛けている彼へのお礼を述べたところ、どうしてかひどく沈痛な表情を見せた悟くん。