戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


なぜ縁を断ち切った人と再会しているのだろうか、とさっき決断を下した自身の行動理由に自嘲する。


この息苦しさを纏った状況は、たとえ兄弟であっても十数年も音信不通であったのだから。


当然よそよそしくても致し方ないだろう。現に私はおろか、対峙する兄の甲斐 彩人(カイアヤヒト)ですら、どことなく困惑の色を浮かべているのだ…。



ちなみに彼は歌舞伎界の重鎮である、甲斐 連太郎の跡を継ぐ美しきプリンスとして世間に知られる存在。


人間国宝の父を持ちながら、その跡を継ぐ重圧もさらなる強みに変えていると専らの評判と聞いている。



その中にごくごく僅かな期間、彼の実の妹として私の名が連なっていたこともあった。


甲斐家の一人娘として、名に恥じぬよう必死に足掻いていた頃も今は昔――


とある事件キッカケに、その事実を伏せるようにして歌舞伎の世界から私は飛び出したのだから。



優しく受け入れてくれた、名古屋のおばあちゃん曰く。当時の私は心を少し患っており、顔からは無邪気だった笑顔も消えていたとか。


あまりに弱っていた自尊心を守るため、小さな子供が見せた自己防衛だったのか、はたまた逃げただけの卑怯者だったのか。


…甲斐家にまつわる子供の頃は、大人になった今でも考えたくない、寂しさと悲しい思い出ばかりが浮かぶ。


とにかくそれからは歌舞伎にまつわるものすべてを避け、東京という地からも必死で逃げて逃げて来た。


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