戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
梨園という世界の矛盾に打ちひしがれ、家族として不成立だったひどく虚しい事実には、幼い身で戦うにはもう耐え切れなかったのである…。
「おばあさまから生活ぶりは時々聞いていたけど…、改めて言わせて貰うよ。
久しぶりだね怜葉…、元気だった?」
すっかり静まり返っていた室内において口火を切ったのは、澄んだ声音で問い掛けて来る彩人兄だった。
「…はい、変わりなく過ごしています」
「そんなに他人行儀な言葉遣い、」
「――私はとっくに、甲斐家と線引きされた立場なので」
苦笑を浮かべた彼の眼に焦点を合わせ、これだけはきっちり伝えようと強く言い切った。
また悲しげに揺れる黒曜石のような兄の瞳に、どうしても罪悪感が増してゆくけども。…これは変わることのない、事実と本音である。
名古屋という地で“本当の温かさ”を教えて貰った私は、家族という大義名分をかざし、実のところ家族でない“集団”へは二度と混ざれない。
当然に思えた見解は誰にも同意を得られず、小さい頃はその孤独感で苛まれていたのだ。
まして目の前の兄にもこれが当たり前の世界だ、と普通を欲した優しさすら絶たれた過去は拭えないから。
誰にも言えない事実を目の当たりにし、誰よりも尊敬していた父には“やはり”と見限られ、耐えられないほど苦しんで。
その時に少しで良いから、…血を分けた兄から温かな手を差し伸べて欲しかった。
それを今さら連ねるつもりはないが、やはり根底に息づくものは未だ消えようともしない。