戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
まして今もなお“蝶よ花よ”として名に忠実に生きる彼と、世間一般の世界でたおやかに暮らしていた私の交わり所はないし。
皮肉を言いつつ、その場へ戻ることを考えているのだから。結局は私も、蔓延(はびこ)る名声に目の眩んだ周囲と同じだ…。
「今の生活が辛くなった?」
「な…、なん、ですか」
やけに冷たく心へスッと届いた彩人兄の声音に慄き、ぞくりと心が震えるのを感じた。
彼の冷静な表情と発言が不可思議でならないと、言葉に詰まった時にはすでに遅し。
「高階 彗星と嘘の婚約生活には、もう疲れたと顔に書いてあるよ」
「どうして、それ…」
たどたどしく紡ぎ出したそれが、紛れもない本音で。何より他人から“偽”と呼ばれたことが、これほど胸を締めつけるとは虚しい。
凍りついている表情をジッと見据えて離さない兄まで、どうしてか悲痛な面持ちへと変化していた。
「もうお互いに意地を張るのは止めよう…?はした金など幾らでも俺が用立てるから安心して良いよ。
それに…大義名分を振り翳(かざ)すアノ男に騙されているんだ。――早く彼の元から去って欲しい」
騙されていると言い切り、苦虫を潰したような彼の様相に触れた私が、今なにを言うべきかを教えて欲しいほどに…。