戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それゆえ大学以降すべての施しを断った時も、“何か困った時はこれを使うか連絡を寄越しなさい”と。
いつの間に用意したのか分からない、私名義の預金通帳を託してくれた。その通帳の預金額は、背負った借金も十分に賄えたほど。
――言い換えれば、本来は遺産であろう金額を孫の私へ授けてくれているのだ。
これも逃げ道になる――だけども、このお金に手をつける気はサラサラ無かった。むしろ、負のお金なんかのために使いたくなかった。
迷惑しか掛けていない私のことを思い、自らの蓄えの一部を授けてくれた純粋なお金を汚したくはなくて。
おばあちゃんの優しさに感謝しながら、恩をあだで返すマネは絶対に許せない。…いや、ちがう。
昔から心の拠りどころであった、おばあちゃんに見限られることがとかく怖かっただけのこと。
ひとり暮らしを始めて、随分と成長したように思えても。実のところは昔と何も変わらないと分かって。
名古屋の地を我が儘からササッと離れて、ひとり東京生活を送る自分をひどく恥ずかしく思えた。
血の繋がっている中で唯一、ちっぽけな私を認めてくれて。変わらないあたたかな愛情をくれたおばあちゃんにこの事実を告げれば…。
先で待っているのは間違いなく――大好きなおばあちゃんの失望である筈だと。
それで最速にして確実な返済方法は、完全に頭から消去されていた。間違っても出来ないしシナイと。
とはいえ、ギリギリまで追い詰められた状況で、法律と無縁な私には打開策などまるで無かった。