戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


それでも結局は、愛するすべて朱莉さんのために利用された女と嘲笑するしかない。


…どこまでいっても結局、私は価値のないちっぽけな存在――それを証明したのは、またしても兄であった。



何を信じれば良いのか考える余裕なく、逃げる気力もゼロで向かい合う私たち。


この父親譲りの端正な顔に、昔はどれほど憧れただろう?そうして思考は、イヤな問題から逃避を図るばかりだ。



「どうすれば良いか…、もう分かるだろう?」

「…、」

「…怜葉、もしかして」

猶予の時を失くす問い掛けが、容赦なく弱腰の私を現実へと引き戻すばかり。それを遮るように自然と俯くのは、その言葉を受け入れたくないがゆえ。



まだアノ日の余韻をすぐ呼び起こせるほど、ロボット男のゆるい体温と声音は私の中でリアルに残っている。…これを忘れることなどムリ。



いや、もう少しだけ手放したくない。駄々を捏ねるほど、専務を好きで好きで仕方ないから――



「辛いよね…。昨日の様子を見れていれば分かるよ」

泣きじゃくる私の左方から伸びて来た大きな手が、優しい声色とともに頭をポンポンと撫でてくれる。


「…さ、とるくっ、」

「――怜葉ちゃんのことなら、俺もよく分かる。でもね、悪いことは」


その懐かしい温かさに導かれて、潤んだ視界に構わず視線を移した刹那。スパンと軽快な音を立てて、部屋の襖が一気に開かれた。


店の人では絶対にありえないはずの豪快さに驚いた私たちは、一斉にそちらの方を向いていたが。


その驚きの理由が変化したのは直ぐあとのことで、パチパチ瞬きを繰り返しながら言葉を失っていた…。



「まったく――こちらの話も聞かず、勝手な真似をなさるのはお止め下さい」


こちらの静寂を華麗にスルーし、はぁと溜め息を吐いた人物といえば、相変わらずの冷淡な声を発した。


――確かに彼らしいと言えばそれまでだろうが…、ここでも落ち着いた声色を響かせないで欲しい。



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