戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
大きな瞳を潤ませた“きっかけ”は間違いなく、誰もが聞かなければならないことだろうと――
大人数ながら、いつしかシンと静まり返っていた室内。幾許かして重苦しい空気を絶ち切ったのは、大きく深呼吸をした朱莉さん本人であった…。
「…ふぅ、あのね…。もともと私、生理が酷いタイプで…、ほら、低血圧でよく貧血起こしたりもしていたでしょ?
だから…、彩人からプロポーズされた時っ、ホントに軽い気持ちで…っ。今後のためにっ…、って婦人科で詳しく検診したの…。
ホントにね、ホントに軽い気持ちで…。な、のに…っ、子供が出来にくい…なんて、言われちゃ…っ」
「…本当、なのか?」
「当たり前じゃないっ。う、そつくのは…っ、もう、まっぴらよ…っ!」
彩人兄の動転した声音に視線を上げれば、涙を流しながらもキッとつよく睨みつける彼女を捉えた。
そのひどく悲しみに満ちた眼差しによって彩人兄は何かに勘づいたのだろう、突然ハッと息を呑んだ。
「――それなら、もしかして…」
「そ、うよ…。だからっ、けっ、こんじゃなくって…。わ、わか、れたのよっ…。
あや、ひとのお家に世継ぎが、必要だもんっ…。私じゃ…子どもが…、で、出来なっ…から!」
「朱莉…どうして俺に、」
「ふ、ざけな…で、よっ!そっ、んなこと言え、るけな…っ」
崩れかけの状況で本格的に泣き始めた彼女を前に。彩人兄が手を伸ばそうとすれば、その手は乾いた音で撥ね退けられた。
昔からひどく落ち着き払っていた綺麗な面立ちも今は、完全に言葉に詰まっているよう。