戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
もちろん感情はさまざまな諸事情など構わずに進むものだとしても、この状況でそれが辛くて堪らない。
「逃げても何も変わらない。…この1年、そうだっただろ?
まして自分の思いとまったく違う方へ向かうだけで、言葉を噤めば噤むほど道は閉ざされるんだよ。
俺はそれを朱莉が甘んじて受け入れるのだけは許さない。だいたい、以前のお前はどうした?」
「う…、うぅー…っ」
「今日改めて、今なら遅くないことが分かったよな?
すべて話して楽になれ――これだと朱莉だけじゃなく、甲斐さんだって前に進めない…」
「うー…、ひっ、く…」
真っ黒な瞳にも気丈に振る舞い、抵抗を見せていた彼女は力尽きたのか。とうとう声を詰まらせ、泣きじゃくるだけとなった。
その様子を僅かに苦々しげな面持ちを向けたのち、泣かせた張本人であるロボット男の視線は彩人兄へと変わる。
「――すみませんでした。甲斐さん、どうか朱莉をお願いします」
「あ、と…分かった…が、その、彗星くん、で良いかな?」
「ええ、もちろんです」
まだ頭の整理がつかない中で呼ばれたためだろう。綺麗な顔を歪ませる彩人兄の声と瞳からは、珍しく若干の動揺が窺えた。
「君はその…、朱莉のこと、」
“彗星くん”と呼ぶことにも躊躇いを見せた兄が、言葉を切って言い淀んでいる理由は私でも分かる。
そう、対峙するロボット男は朱莉さんのことを愛しているのだから…。
他人事で眺めていたものの、心臓を掴まれたように胸が苦しくて。耐えきれなくなった私は、もう目を伏せて耐える外なくない。
「それこそ愚問です――朱莉は今も昔も、ただの従兄妹ですから」
「…え?」
その刹那、クスリと嘲笑しての呆れた声色が響く。
この空気の理由を見透かしたのかのようにすべてを一蹴した男が、いつかの答えを言い放ったせいだ。