戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
挨拶を返した瞬間、ちょうど玄関ドアの向こうに位置する、エレベーターの脇の壁へ凭れていた冷淡男が体勢を戻した。
今日も見事に感情ゼロなその表情とは違い、纏っているオーラが金持ち風情とは嫌気がさしてくる。
これだから、生まれながらに裕福なセレブは嫌い。隙も可愛さも無くて、とにかく私は嫌いだ。
“逃げ出すオマエは一家の恥”とまで言われたアノ日を、否応なく思い起こさせるから――
「さて、貴方のご質問の答えですが。
此処からオフィスまで辿り着けますか?」
「…あ、無理かと…」
コチラへ近づかれたお陰で、対峙する形となった彼を嫌々見れば。そういえば、真っ暗な中を連れられて来たのだと思い出す。
「そういうこと――まあ、周りを納得させる為でもありますがね」
フッ、と軽く嘲笑したロボット男の本心は、間違いなく後者にあるのだろうが。とりあえず、どうでも良いわ。
ここで嫌味を返しても敵う訳がないもの。ポツリ吐き捨てれば、それが何十倍となって返って来るのは目に見えている。
無言でエレベーターのボタンを押して先に乗り込むと、ひたすら視線を合わせないように俯くだけの私。
今日もまた同じレクサス車で出発する頃には、運転士を含めてのトライアングルが完成していた。
隣は車が走り出した途端にPCを瞬時に起動させて、これでもOLの私が慄くほど恐ろしいスピードでタイピングを始めるから。
妙に顔の整った貴公子などと呼ばれる男の隣席は、まさに隙がなくて窮屈だ。ああ息が詰まりそう。