戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
すると無言の迫力に圧倒される間もなく、形の良い唇が自身の唇へ重ねられてしまう。
時間にしてわずか3秒ほどの素早い芸当に、もはや目を閉じれず終わったあとは唖然とする外ない。
「まあ、その顔でも良しとしましょうか…。
取り敢えず、このままマンションへ帰りますよ。話はそこで追々とするので」
今の顔が残念だ、と言いたげに俄かに眉根を寄せた失礼男に憤慨したいところだが。
あからさまな溜め息を吐き出したクセに、ここでも手を離すことなくまた歩き出す彼。
その身勝手極まりないロボット男に手を引かれる私は、キスのせいで止まらなくなったバクバクと煩い鼓動音にひとり困惑するばかり。
何より忘れてならないのが、ここが超高級料亭の玄関口であること。
当然のように、マーくんの女将さんがどこからか現れてお見送り下さっているけど。
普段の賑やかさを一切潜めた彼女――某大物政治家さんや芸能人にもよくあることなのか、さも素知らぬ顔で穏やかな表情にふしていた。
いやいや。ある意味、何も言われない方が恐ろしいというもので。
そんな彼女の女将としての情報網はきっと、国の重要人物お付きのバン記者以上ではと思われる。…確かに、一般人のキス現場など朝飯前だろう。
妙なところで関心をしていれば、押し込まれるようにしてお馴染みとなったアウディTTSの助手席へと収められた。
ドアを閉めて運転席へ乗り込んだ男がエンジンをスタートさせれば。先ほどまで私と繋いでいたその手が、ハンドルとギアを軽快に捌いて走行して行く。