戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
移ろいゆく街並みの景色を目で追っていると、マーくんのお家の料亭から出て来たことをすっかり忘れていた
――そのせいで十数年ぶりとなる実家が視界に入った私は、思わずパッと目を逸らす。
一瞬のことであっても生まれてごく僅か育った、実家だと判別がついた理由。
それは立派な門構えやその向こうにある洋風建築が、年数の経過以外に変わっていなかったせい。
――だけども、そうして事実から目を逸らしてみても、無かったことに出来ると思うのは大きな間違いで。
結局のところ、一瞬でそれに囚われてしまう心を後悔が一杯に埋め尽くすだけ。
寧ろ、いつまでも“あの家から逃げた”という、現実と離れられない気がするのだ。
その証拠だろうか?生理的に零れ落ちていた涙が、どうしても嫌いになれないロボット男を前にして、素直になれない心へと問い掛けて来る。
――ダメだと諦めて逃げてしまう前に最後。“せめて本当の気持ちだけでも彼に伝えなくて良いのか”と…。
付け加えて、親しみ慣れたゆるい温度でいつも涙を拭ってくれる優しさにも、きちんと“ありがとう”を言うべきだと…。
それらに突き動かされるように、思いが喉のあたりまで来ていてもなお、染みついた弱さが勇気を出す枷となっていた。
やがて薄闇に染まった空模様の中で地下駐車場へと静かに停車したアウディが、住まいのマンションへ到着したと告げる。
泣いていたと気づかれていても、やはりその理由を言うのはまだ辛くて。ゴシゴシと両頬あたりを拭ってから車外へ出た私。
待ち構えていた専務の手が差し出されて掴めば、またキュッと強まった手の力が素直に嬉しかった。