戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それがたとえ事実の分かる前であったとしても、不思議なことに感覚だけは微かに残されているものらしい。
この感覚たちは元より、アノ日もこの香りに包まれている感覚がしていたのだから――ただの想像でなく、きっと間違いないと思う。
「…あれって、悟くんじゃなかったんですね」
コツコツとひとつの革靴音を響かせる中。部屋へ到着寸前のところで、ポツリ吐き出したのはあまりに言葉足らずなものであった。
当然と言うべきか、そんな私へ眼差しを向けて来たロボット男は流石にその真っ黒な目を見開いた。
しかしながら、それは一瞬に過ぎず。さほど驚いた節を見せず、ポーカーフェイスは崩れないまま。
「当然ですよ」
「…重くてすみません」
少々シレっと答えた態度に青筋が立ったものの、アノ言葉ですぐさま意味を理解してくれた彼はさすが。
むしろ上手く切り返せない私を、フッとほんの小さく笑った顔が優しさを帯びていて気恥ずかしくなる。
「重かったら運びません」
「…私は荷物ですか」
「ああ、なるほど。荷物ならいつも逃げなくて良いですね」
「…脱走癖(へき)があってすみませんね」
「そうですね」
「…、」
せっかくしおらしく謝ったというのに肯定されると悔しいもの。それをグッと呑むが、やはり言葉が続かない。
というより。出来れば一刻も早く降ろして欲しいのが目下の願いであるが。
この男がすんなり要求を受け入れるとは到底思えない。さて、どうしたものかとここでも思案だ。