戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
まして既に疲弊していた私だから、一転したシリアスな状況で既に呑まれそうだった。
それに漆黒の瞳がふと、とても冷たい色に感じられたことで心はざわめき始めていたのだ。
「妹の貴方には申し訳ないですが…。今だからこそ、すべて正直に言わせて貰います。
――朱莉が自殺未遂騒動を起こした時…、病院へやって来た彩人さんを見た瞬間、初めて人を殴りたい衝動に駆られました」
「っ、」
当たって欲しくないイヤな予感ほど、どんな状況に置かれていても的中するもの――
真っ直ぐに向けられた温かみのない言葉。それは初めて触れた彼の本音に思えて、心がざわりと蠢いた。
硬直したようにピタリと動けずにいれば、自嘲を浮かべながら見下げる男の真意はどこにある…?
「俺と朱莉の母親は親族内でも特に親交が深かったので…、小さな頃からよく、互いの家を行き来する仲でした。
とくに躾に厳しい叔母でしたからね。朱莉は随分と厳格に育てられましたが…、負けず嫌いで一本気な性格でありながら奔放さも持っていたので、周りからも好かれていましたね。
…まあ、かく言う俺も、身内の中でも信頼のおける彼女を慕っていたので…。
彼女をひどく傷つけたうえ、自殺未遂をするまで追い詰めた彩人さんが憎らしく感じました…。
さっきも言っていたように…。彩人さんからプロポーズされて、…今まで見たことないほど喜んでいた朱莉が、自らの命を絶ちかけたのですから当然かと――
自分のことより相手側の幸せと事情を思いやって、必死に別れを告げたにも拘らず…、どこまで朱莉をくるめたら済むのかとね…。
あの頃――彩人さんと別れた直後から朱莉は…暫くのあいだ食事はろくに摂れず、夜もほとんど眠れないせいか、…ひとりで部屋に閉じこもってずっと泣いていましたから」
こちらを見ることなく、どこか遠くを見て顧みるロボット男の話にとても言葉など出て来るはずがない。