戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
こうして指にはやたらとサイズがピッタリな、ダイヤモンドリングが納まってしまう。
「思った通り、アナタは扱い易い方だ。
今からが本当の意味で、宜しく頼みますよ」
ヤバいぞ。コイツの思い通りではないか。今から引き抜いてもアホを晒すだけになる。
「え、ええ、高階(タカシナ)専務」
だけども、ソレを分かっての無機質な笑みに、私のフラストレーションは増加中だ。
ああプロポーズの余韻に浸れるような、素敵ムードの欠片なんてひとつも無いよ。
いやいや。この男が婚約相手という時点で、既にムードも何も無いではないか。
指元のキラキラとした高貴な輝きを見れば、私はさらにテンション急降下だ…。
「こういう場合――彗星、とお呼び下さいね」
「え、…す、彗星さん、」
エンゲージリングに絶望しているところへ、さらなる重圧をかけるロボット男。
「宜しい――怜葉(トキハ)さんの仰る、“TPO”に期待してますよ」
「か、かしこまり…」
「もう少し砕けて頂かないと、リアリティに欠けますね」
「そ、そうですね!分かりました、…彗星さん」
それならまず、アンタの堅苦しすぎる言葉遣いを直してから言いなさいよ!
…とは言えるワケも無く。そろそろ本気で疲れ始めた表情筋を、むりやり動かした。
「宜しいでしょう。今後に期待という事で」
だけど…悲しいくらい文句のひとつも言えないのは、私がこの男の部下であり。
周りに知られたくない秘密を知られて、さらには恩義を返すが為の結果なのだ。
これは悪夢だと思いたい。でも現実だからこそ、グッバイ・マイ・ライフ――…