戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
絶対零度の眼から逃げようとするが、まったく出来ない。そのためチラチラ視線を泳がす、顔色の悪い彼が不憫に思えて仕方ない。
同時に仲の良い同僚に偽であることを話さず、秘密を共有させずにいることが正解だったと納得した私。
「ところで、彼女に用があるので宜しいですね?」
「え…?ああ当然です、どうぞ」
すると重い雰囲気に変えてようやく、淡々と口を開いたロボット男。
はたまた願ってもない要望を受け、易々とレンタル許可を出す加地くん。
そのどれにも私の意見は一切ない。言うつもりはないが、腑に落ちないと声高に主張したい気分だ。
さらには“早く行け”サインなのか、急かす加地くん。隅で服をクイクイ引っ張られ、ニットが伸びそうで困る。
何よりも前方からはブラックスーツに身を包んだ真っ黒な瞳の男が、今度は私に焦点を変え冷視線を向けて来た。
これでは昨日の再現の如く、溜め息すらも押し殺してミュウミュウのパンプスを鳴らすしかない。
置いてけぼりとなる加地くんを気にする余裕もなく、昨日より少し早足で歩く男のあとについた。
そうして歩き始めてはや数十秒後には、ただ黙々と前を行く彼にフラストレーションばかりが募る。
「…どういうつもりですか」
昨日のことをすっかり葬り去れたまではいかないが、何よりもまず現在の疑問をぶつけるしかない。
「明後日、実家へ挨拶に行って頂きます」
「昨日は仰いませんでしたね」
「もちろんです」
背を向けたまま話すロボット男に、ヒール部が痛いに違いないこのパンプスを投げてやりたくなる。