戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
何事にもなのだが、どこまでも冷淡に用件を告げる態度は、ハレー彗星のごとく希少価値があるだろう。
怒りをどうにか鎮めようと、おろしたてのミュウミュウのパンプスにも拘らず、ハイヒールを履く足に力を込めた。
こう考えれば、ヤツ好みな大人フェミニンに決めているスタイルでさえ苛立ちを助長するだけである。
色合いとデザインのお洋服だけ見れば、大人しそうで育ちの良いお嬢さんの洋装だろう。
その実は目の前の男に対して、はらわたが煮えくりかえっているというのにね。
しかしながら、高級ブランドのヒールはガツガツ歩ける高さでは無いが、慣れとは恐ろしいものに思う。
たったの数週間…いや、ここ数日で一気に変わってしまった自身こそ、最も愚かで怖いのかもしれない。
嫌いになえないハレー彗星のために着飾った女と認めれば、なおのこと虚しいと分かっているのに…。
「簡単に言えば、先ほど実家から要請があったので人事部の方へ赴いたんですよ。
ですから明日の夜、私も時間を空けておきます」
「はぁ?ご用件は明後日の筈じゃない」
「言ったでしょう?最高の状況でなければならないと」
「ちなみに私、明日も残業だけど」
「そう言う貴方は、私の立場をお忘れですか?」
「そう言われましても、私の直属の上司は課長や部長ですから」
ここでも時間のムダというように。互いの目も合わせずに歩きながらのやり取りなど、もはや会話として成り立ってはいない。