戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
コツコツと響くアスファルトを蹴る音が軽快であったのは、そう、とても短いが此処までだった。
今となれば道中ずっとボヤき続けて、夕暮れの帰宅ラッシュで混雑する街の中をひとり虚しく歩くべきではなかった。
はたまた、このフラストレーションを無情に葬り去ったあと、何食わぬ顔でオフィスで皆と残業していれば良かったのか。
何を言おうとも、すべてが結果論でしかないけど。妙な意地など張らず、地下鉄に乗り込んで帰っていれば良かった…。
「彗星、どうしてよ!?」
「アカリ・・・」
ふと聞こえてきた“彗星”のフレーズで立ち止まったが、次に届いた耳慣れた声色をキョロキョロ探ってしまう。
それを避けて行く人々の目には、明らかに不審に映ったであろう。その行動もまた不躾だとしても、身体は勝手に動いてしまうものだ。
「・・・あ」
ある地点を向いて小さな声が宙に舞った瞬間、あれほど忙しなかった動きも同時にピタリ停止する。
私が捉えたものはオフィスにほど近く、初めて連れられて入ったばかりの高級イタリアンレストラン。
そしてその店の入り口付近で、ピタリと身を寄せ合う男女の姿だった。