戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
彼女の名前を優しく呼ぶ声韻が響いて、ただ違いを見せつけられるだけのものが苦しさを連れて来る。
何とも言えない感情がうごめく中、なぜだか鉛のように重い足を動かすとその場から静かに立ち去った。
別段、早足であった訳ではないが、心臓がいつになくバクバク動いている。
夕方ともあって暑くもないのに、先ほどの光景を思えば背中を何かが伝う感覚だ。
とぼとぼ歩くのにも疲れてタクシーを止めた私は、ワンメーターであろうマンションまでの道程を告げた。
無機質な返事で走り始めたタクシーの運転手は、間違いなくオフィス街で外れ客を引いたと思っているだろう。そんなことは気にしないし、全くどうでも良い。
薄暗い夕闇を窓越しに眺めながら、秘書課の福本さんの発言は意地悪ではなく“本当の忠告”だったことに感心していたからだ。
むりやり様々なことと結びつけていけば、ロボット男への苛つきが増しただけ。
そして自身が抱いてしまった感情は、約束違反なことへのバチなのだろう。
そもそもロボット男は大切な人が居るなら、私を婚約者に据えなくても問題は無かったではないか。
いま思えば、あの場で2人に見つからなくて良かったな。あの女性へ向けて、私は自己紹介すら出来ない立場だもの…。