戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
およそワンメーターの距離は、ほどなくして目的地であるマンション前へと静かに到着。
終始無愛想だった運転手でも礼儀は欠かせない、とお礼をして中へ向かう。
煌びやかな外観や内装にも慣れてきて、家なき子な私はここしか住むところがないのは事実でも。
今日だけは、ロボット男の家であるココから離れたい。
その意気で洋服を掴んでは、小さなキャリーバックへ適当にあれこれ放り込んだ。すぐに繕いが出来れば、ものの十分でマンションをあとにした。
最後まで悩んだことといえば、マンションのコンシェルジュさんに部屋のキーを預けようとしたこと。
それも結局は止めにして、丁寧に見送ってくれた彼にぺこりと頭を下げ、足早に豪華な場から逃げ出したのだ。
どう考えてみても、アノ男がここへやって来ることは無いし。
今後を想像すれば、専務がマンションへ来るよりも、別件で顔を合わせる時が先だろうと思ったため。
割とさらさらコトを運んでいたが、本当は色々ありすぎて泣きたかった。
それでも今ここで泣いたりしても、何にもならないのは経験が物を言う。
払拭したくてもボヤボヤと浮かぶ光景や声韻から逃げたくて、取り出した音楽プレーヤーで聴覚を塞いでしまった。
イヤホン越しに流れてくる、大好きな洋楽のアーティストのラブ・バラードが失恋ソングに聞こえるとは重症だ。
不思議とそれが可笑しくて、小さく笑ってから大通りで再びタクシーを捕まえて乗り込んだ。
そんな私の口はおのずと、とある場所を目的地に告げていた…。