戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それをどうして私は、リスクを冒してまで手に入れた、平穏な日常へと水を差すように感情移入したのだろうか?
「お客さん、着きましたよー」
「…あ、はい。ありがとうございました」
乗り込んでから終始無言を貫いていたタクシーを降りれば、夜も変わらず人でごった返す東京駅の風景を静かに見つめた。
此処にやって来た以上、都内のどこかに行くのではなく、東京という地を離れるためにその中へ足を踏み入れた。
出張で訪れていると思しき足早に進むサラリーマンや、楽しそうに駅構内を行く恋人たちとは染まれる訳もなく、ただ混雑する中に溜め息を落として歩く私。
売店で惰性で選んだ駅弁とお茶を手に提げながら、ネット予約していた新幹線の座席へと落ち着けば虚しさが募っていた。
アクティブではない私が、思い立ったままに行動するのはとても珍しいこと。
だからこそ、これは明日が休みだからではなく、単純にロボット男に会いたくないだけだ。
出発を告げるアナウンスとベル音のあと静かに動き始めた新幹線は、東京から遠ざかるにつれて後悔も引き連れて来たことに気づく。
決して眠ることのない、賑やかな東京の夜空を離れてもなお、その地に居場所を必死に求めている本心が存在したから。
ああ、どうやら本心はまだロボット男にあるらしい。
借金や会社クビの危機に瀕する、四方も八方も塞がっている立場でかすかな優しさにすがったのが間違いだったな。