十五の詩



「いい店主だね」

 薬局から出てイレーネは一言そう言った。ユニスは頷く。

「ノールからの手紙などはいつもこちらの店主に受け取りを頼んでいるんです」

「ノール様…確かユリウス王の腹心だった方だよね」

「はい。寮宛てにノールのサインの入った封書が届くと騒ぎになるので」

「ああ、そうか。それより私はリオピアの王子を敬称で呼ばなくてもいいんだろうか」

「ユニスでいいです。敬称で呼ばれると身分を隠している意味がなくなってしまいますから」

 ユニスは物静かだが人あたりはよい。いい意味で身分というものを感じさせない。

「ところで馬は?」

 薬局に来るまで一緒だったイレーネの愛馬の姿が見えない。

「ユニスと学校に戻るから連れて帰るよう頼んでおいた」

「──おつきの者が?」

「ひとりね。今はいないと思う。ユニスと一緒だと話をしたら安心したみたい」

「私だと安心なんですか?」

「そうだね。フェセーユの神童というだけでそういう向きはあるよ」

(フェセーユの神童への信頼──)

 信頼されるのは嬉しかったが、それは同時に緊張をも伴った。

 店主のいうイレーネの癒しの気は、まだ無垢なそれからあふれている。穢れなきもののように。

 他の動物でもそうであるが赤子は狙われやすい。

 餓えた捕食者から。

「──ユニス?」

 イレーネの手をユニスが握っていた。

「危ないので」

 護られたことがないのだろうか?イレーネは戸惑った表情をしている。

「ユニス…?私、大丈夫だよ」

「護られたこと、ないんですか?」

 ユニスは時々、それまでの過程にあるはずのお互いの心のやりとりを、一足跳びに超えたところから言葉を投げてくる。

 イレーネはその言葉にしばし沈黙し、考え込んだ。

「何故そんなことを訊くの?」

「何かあれば護ります。大丈夫です」

 何が大丈夫なのか──。

 会話がかみ合ってないようだが、イレーネは今自分に最も必要な言葉をユニスが言ってくれている気がした。



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