触れることもできない君に、接吻を
「そうそう。昨日家帰った後、母さんに聞いたんだ。最近この辺りで行方不明になったやついないかって」

俺はファイルから新聞の切り抜きを取り出した。
そして切り抜きを自慢するように女の前でひらひらと揺らす。

「そしたら、いたんだよ。中学二年生で、女で。まさにお前じゃね?」

嬉しそうに事実を伝える俺とは反対に、女は曖昧に微笑んでいた。
あまり納得していない様子である。
というか、それ以前に喜んでいない。自分が誰なのか分かって。

まあ、自分が行方不明になっていることを認めなければいけないのだ。
それなのにいい気になれるやつなんていないだろうな。

「えっと……名前は、鈴本由梨。どうだ? なにか思い出したか?」

俺は期待に満ち溢れながら女――由梨の顔を覗き込むが、由梨の顔は浮かない。
それは否定の意味だと俺は思い、溜め息をついた。

「こんなに記憶に記憶が戻るわけないよな……。そうだ、警察は?」

警察に行けば、何かしてくれるであろう。
そう思って提案したのだが、由梨は首を横に振った。

「まだそれがわたしだとは分からないし、警察には頼りたくない。だから、お願い」
「いいけど、寝るとことかどうするんだよ。食べ物とか、色々あるだろう? ていうか、昨日の夜ここで野宿したのかよ、お前」
「別に大丈夫だよ。さっきも言ったけど、お腹空かないし。人だってあんまりここに来ない。だから、大丈夫だって!」

由梨が一生懸命に俺を説得しようとした。
仮にもお前、女だろう?
そう言おうとしたけれど、由梨の真剣な眼差しに負けてしまった。
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