美しいあの人
松井さんからは、いつもの気遣いは微塵も感じられなかった。
そこには、ただひたすらに興味を持った事象への追求があるだけだった。
松井さんからなにかを搾取されるような予感がした。
せんばづるの中は蒸し暑かったのにどういうわけか寒気がしてポニーテールをほどいた。
カラコンを入れた目は乾きだして、腕には薄く鳥肌が立った。
あたしは正体のわからない不安に襲われる。
千鶴さんが
「下の店に行ってくる。電話は携帯に転送されるから気にしないでゆっくりしてて」
と、外から鍵をかけて出て行った。
気を使ってくれたのだろうけどいてくれたほうがありがたかった。

千鶴さんがいなくなったことで、松井さんの追求が激しくなった。
「頼む。正直に言ってくれ」
「なにをよ……」
松井さんは、テーブルの上の原稿に手を置いた。
「これを書いたのがエリなのか祐治なのか」
「松井さんになんの関係もないじゃない……」
「あるんだよ!」
こんな松井さんを見るのは初めてだ。
あたしは訳がわからなかった。
松井さんは何を求めているのだ?
あたしと祐治の生活はどうなるのだ?
< 109 / 206 >

この作品をシェア

pagetop