美しいあの人
松井さんだった。
「どうだー。エリ、書けてるか?」
選択範囲を解除して、テキストを保存した。
下手でもダメでも、松井さんには見せなくてはいけない。
なにも書いていないよりはマシだから。
「ちょっと進みが悪い……。祐治はどうしてる?」
「ああ、順調だよ。明日の一軒でサイン会は全部終わる。そしたらそっちへ帰すよ」
「芙美子さんは?」
「ご機嫌さ。マネージャーとしての彼女は優秀だな」
「松井さん」
「なに」
「明日は店に出たいんだけど」
「書けてる枚数によるよ」

この電話が久しぶりの人間相手の会話だったのもあり、
あたしはそれまでキーボードにぶつけていた感情を、
やつあたりのように松井さんに思い切りぶつけた。
「もう三日も外に出てないのよ! 
いくら不定期出勤で構わないようにしてくれたからってひどすぎる! 仕事をさせてよ!」
電話の向こうで大きなため息が聞こえた。
「あのなあエリ。じゃあ聞くけど、お前が今しているそれはなんだ? 
今までみたいに祐治だけが読めばいいもんじゃないってのは分かってるよな」
あたしも聞こえるように大きくため息をついた。
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