美しいあの人
それまで会話に加わらなかった千鶴さんが、カウンターから出てソファへ座った。
しかし積極的に話す訳ではなく黙って座っている。
「しかしどうしたもんかなあ」
松井さんがネクタイをゆるめた。
芙美子さんは、あたしが見せた写真をじっと不思議そうに眺めている。
芙美子さんも写真の服に覚えがないのだろう。

「春先になるとおかしくなるのかしら」
あたしは、松井さんの足下から雛人形を取り上げて、ソファの横の飾り棚に避難させてあげる。
「そういや、原稿を送りつけてきてたのも春先だったな」
松井さんが雛人形を眺めて言った。
「春はいつもなんだかおかしかったわね」
芙美子さんが紅茶を飲む。
爪の先のマニキュアがはがれかけていた。
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