美しいあの人
「私の方こそ」
祐治がティーカップをソーサーの上に置いてためいきをついた。
「エリがいたら、エリばかり気になって仕事にならない」
「うそだあ」
「ほんとですよ。ろくでなしなんですから」
「祐治はろくでなしなんかじゃないよ」
立ち上がってキッチンへ行った祐治がクッキーの缶を持って戻ってきた。
出勤する前に祐治とお茶を飲む時間がとても愛おしい。
クッキーを取り出しながら祐治が真剣な顔で言った。
「ろくでなし、って言いますけども」
「うん。言うね」
あたしも缶からクッキーをつまむ。
このクッキーは祐治が新宿のデパ地下で買ってきてくれた物だ。甘すぎなくておいしい。
「ろくでなければ、四か五はどうなんでしょうかねえ?」
あたしは笑う。祐治は時折こんなことを言う。
「そういうことじゃあ、ないんじゃないかなあ?」
「そうか。日本語って難しいですね」
「そうだね」
「そもそも、ろくでもないの「ろく」は漢数字じゃないですけどね」
意味の無いことを言って楽しむこういう時間が、とても嬉しい。
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