美しいあの人
ボーイに注文を追加している横で、松井さんが大笑いしていた。
むかついたというか恥ずかしかったので、照れ隠しで高い注文を追加する。
「モエのプチボトルあったよねえ。松井さん、それも入れていい?」
笑いながら適当に返される。
「ああいいさ。好きなだけ飲め。プチボトルじゃなくてハーフボトルでもいい」
「じゃあフルボトル」
「フルはダメ」
「しかたない。ハーフお願いします」
「今日、終わったらアフター平気かい?」
シャンパングラスをふたつもらって、松井さんの分を注ぐ。
シャンパンは見た目もきれいだから好きだ。シャンパンを入れてくれるお客さんも好きだ。
松井さんみたいに気づかってくれるお客さんは大好きだ。もちろんお客さんとして。
時々むかつくけど。笑われるから。
「いったいなにを話させたいの」
松井さんがあたしのグラスにもシャンパンを注いでくれた。
「だってお前。話したくてしかたないけど、店では話せませんて顔してるぞ」
「うそお!」
「ビンゴか」
ああ。やられた。松井さんには勝てない。
この人はあたしがこの店に入ったときからずっと指名してくれているのだ。
まだぎこちなかった新人の頃から、
ちゃんとキャバクラ嬢のエリになってからもずっと見てくれている。
飽きもせずに。
ただのエリとキャバクラ嬢のエリの違いを見つけてくれる。
だからこそあたしはなついていて、
うまく線を引いてくれる松井さんのことを気に入っている。
そして松井さんは、あたしが何か話したい時はそれを察してせんばづるへ連れて行こうとするのだ。
そんなの、断れない。
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