美しいあの人
「わかってるんだけどな。でもなあ。どっかで、ダメになってたらいいなあとは思ってたんだ」
「ごめんね。あたしもダメもとで言ってみたんだよ。
松井さんに言われなかったらそのままにしてたと思う」
松井さんが、なんだそれみたいな顔をした。
「じゃあエリちゃんは、俺が言わなかったらそいつにアタックしなかったと?」
「アタックってなにさ。おっさんくさいなあ。
けど、言われなかったらホント黙ってたよ」
「ずっとあんな顔されてるのも気分のいいもんじゃなかっただろうけど、
こんな幸せです! みたいな顔見てるのもどうなんだろうな」
「奥さん大事にしてあげなよ」
「俺は独身だよ」
「知ってるよ」
千鶴さんが、あたしと松井さんのやりとりを見て笑いながら流しでグラスを洗っている。


ソファ席からお会計のために千鶴さんを呼ぶ声が聞こえて、千鶴さんはカウンターから出て行った。
それを待っていたかのように、松井さんがにやりとする。
「でも良かったよ。エリちゃんが元気になってほんと良かった」
くすぐったいような気持ちになる。
「そういってもらえたら嬉しいけど。正直なんていうか、なんていうんだろう」
「居心地悪いのか」
「うーん。うまく言えないんだけど。ホントにいいのかしら? と思うのです」
「いいことばっかり過ぎて?」
いいことなのかどうかもわからないので、黙って松井さんの顔を見る。
松井さんなら、なにかこう、
今のあたしの気持ちにばっちりマッチする言葉を口にしてくれるような気がした。
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