美しいあの人

誰にも渡したくない

お昼前に目を覚ますと、祐治はでかけているようだった。
眠い目をこすりながらリビングを見回すが、特にメモ書きもない。
ベッドを出る時に一緒に枕元から持って来た携帯を眺めるけれど、着信もメールもなにもない。
キッチンのダイニングテーブルには
祐治の飲みかけのお茶が入ったマグカップがそのままになっている。
祐治はいつもこのテーブルにノートパソコンを置いて作業している。
今日はノートパソコンもない。残り一本になったセブンスターの箱があるだけだ。
「そのまま帰ってこないなんてことも、あるかもねー」
セブンスターの箱を手にとって、なんとなく口に出してみる。
「日曜だし休みだから一緒に外でごはん食べようかと思ってたのに」
一人暮らしは独り言が多くなる。
そう言ってたのはお客さんの誰かなんだけど、確かにそうだ。
ここのところずっと祐治と一緒だったからそんなの忘れてた。
だけどここはあたしの部屋で、
祐治はたまたまいるだけなのだからいなくなったら悲しいなんていうのも
あたしの勝手なのかもしれない。
早く帰ってこないかなと思いながら、もしかしたらもう戻ってこないかもしれないとも考える。
なにかこう、悪い方のことも考えておかないといけないように思う。

そうしておけば、あきらめがつくような気がするから。
前に誰かにその方が傷つかないからだと言われたような……。
ああ、松井さんから言われたんだ。成功回避、だったかな。

確かにあたしはいつでも、ダメだったらダメで仕方ないって思ってる。
こんなあたしが何をしたってうまくいきっこないとも思ってて、
いいことがあると「ホントにこんないいことばっかりでいいの?」と思ってしまう。
良くない傾向なのだとわかってはいるけれど。
だけど、あまり多くを求めてはいけないような気がしてならない。
どうしてかはわからない。
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