美しいあの人
「あら敏腕編集者が来たわよ」

店に入ると千鶴さんだけがいた。
今日は他の客は誰もいないようだ。
「よせよ」
松井さんが笑いながらカウンターのスツールへと座る。

「すみません、作家じゃないんですけどついてきました」
あたしも笑ってスツールに座る。

「エリちゃんなに飲む?」
千鶴さんはいつもの笑顔だ。
あたしは千鶴さんのハスキーボイスが好きだ。
「どうしようかな。松井さんは?」
「俺ビールでいいや」
「じゃああたしも」
千鶴さんは黙ってビールグラスをふたつ出してくれた。

松井さんは時々あたしをここへ連れてきてくれる。
カウンターとソファ席でお客が八人入ればいっぱいになる小さなバー。

カウンターの中には元女優の千鶴さんがいて、
お客は編集者や作家ばかりなのに
キャバクラ嬢のあたしのこともちゃんとお客として扱ってくれる。
特別扱いや珍しいものみたいにしないでくれるのが嬉しい。

だからあたしも千鶴さんが元女優だという話を知っても、
それについては根掘り葉掘り聞かないようにしている。
そして松井さんがキャバクラ嬢のエリじゃなく、
ただのエリと飲んでも楽しんでくれるのがあたしにはとても心地いい。


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