美しいあの人
松井さんがすまなそうに言う。
「いやあ、彼らもいずれ稼ぐようになったら自分で行くさ」

「ないない」
あたしと千鶴さんの声がそろった。

「それに飲めないじゃない。
酔っぱらいならまだしも、
素面で言う戯れ言は聞けたものじゃないものねえ」
千鶴さんがちょっとだけ嫌みっぽく言った。
松井さんはたじたじになりながらも反論しようとする。
「飲めないのを飲めるようにしてやろうっていう親心もあるんだよ?」
「素面で文壇バーなんてどうかと思うな」
「エリちゃん、うちは文壇バーなんて立派なもんじゃないのよ?
 だけど私もお酒飲める人相手の方が楽かもしれないわ」

千鶴さんの店にはいつも作家や編集者が集まって色々な話をしている。
時々耳に入るそれはあたしにはさっぱりわからない難しい話だったりするのだけれど、
あたしはどういうわけかこの店が気に入っている。

松井さんが連れてきてくれるときしか来ないにしても
あたしは千鶴さんのことも好ましく思っていて、
松井さんが誘ってくれるととても嬉しい。

松井さんの担当している新人作家の話を肴に、色々な話をする。
焼き肉やホストやクラブに行くアフターも嫌いな訳じゃないが、
自分の知らないことを知ることができるこういう時間を、
あたしは少し大事に思っている。


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