美しいあの人
あたしの反応の鈍さが芙美子さんをさらにいらだたせるのだろう。
「あなた、祐治をどうしたいの?」
さあ? 
またあたしは首を傾げる。
芙美子さんの視線が射るようにあたしを見た。
なにか言わなければいけないようだ。
「ええと……。どうしたいとかはないですけど。彼を見ているとなごみます」
芙美子さんは、形良く整えた眉を不愉快そうに歪めた。
「人の婚約者だって分かっていても?」
「こんやくしゃ?」
婚約者ってなんだ。
結婚を約束した人というあれのことですかね? 
祐治そんなことひとつも言ってませんでしたけど? 
あたしの不可解な表情を見て、芙美子さんがちょっと意地悪な笑顔を見せた。
「祐治は言わないわね。そうね。私と彼は親同士も既に知っている婚約者よ。
祐治は今マリッジブルーなのよ。
今年中には入籍しましょうと話していたのに、突然仕事も辞めてしまったの。
どうせあなたにはそんなことは話していないでしょうけど」
はい。聞いてません。
芙美子さんが惚れ込んでいるだけなのだと思ってました。
「祐治を問いつめても無駄よ。
私と婚約したことを忘れていたいみたいだから。
私も祐治があきらめるまで待つつもりでいるし。
気の済むまであなたといればいいと思ってる。
そのうち帰ってくるでしょうし。
それまで私は祐治の見た目を保つためにできることをするわ。
あなたも好きなようにすればいいけれど、
祐治があなたと結婚するとかそういうことはないでしょうから、
それだけ覚えておいてほしいわ」
はあそうですか。
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