美しいあの人
あたしはバッグからセーラムを取り出したい気持ちを必死で押さえていた。
黙っていると、芙美子さんがさらに追い討ちをかけてきた。
「だから、張り合ったりしなくていいわよ。
無理して祐治にプレゼントなんてしなくていいから。
貢いだところであなたが祐治を手に入れられる可能性はとても低いもの」
なんだか軽く小馬鹿にされたような気もするが、反論もできずにいる。
「祐治は私のところへ帰ってくる」
すっかり冷めてしまった紅茶を、少し震える手で口に運ぶ。
なにか言わなくちゃいけない。

あたしと祐治の暮らしぶりはそんなに派手なものではない。
旅行にも行かないし、あまり遊び歩いたりもしないし、
あたしの買い物なんてたかがしれている。
車もないし、家賃だって西池袋の1LDKはそれほど高い訳じゃない。
あたしは一部屋あればいいし、
祐治はダイニングテーブルにノートパソコンを広げられればそれでいいと言う。
彼にとっては仮の住まいだからかもしれないけれど。
あたしがやっていることなんて、目の前の彼女に比べたら、たいしたことはないのかも。
やっとのことで口を開く。
「彼が小説で食べて行けなくなったら、芙美子さんは彼の生活も支えるつもりですか」
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