美しいあの人
芙美子さんはあたしのそのセリフを聞いて破顔した。
本当におかしいという顔をして笑っていた。
「あなた。祐治の小説とやらを見たことがないわね?」
何を笑われているのかさっぱりわからない。
ただ、確かにあたしは祐治の小説を見たことがなかった。
「あたしには、小説の善し悪しは分かりませんから」
芙美子さんは、まだ笑っている。
「そう、だったらずっと見ないでいた方がいいかもしれないわね。
楽しい時間をありがとう。ここは私が払っておくわ」
一分の隙も無く綺麗にした年上の彼女は、
千鳥格子のコートとカルティエのバッグを腕にかけて、あたしを置き去りにしていった。

腑に落ちないあたしは、その後ろ姿を眺めながら無意識にバッグからセーラムを取り出す。
「お客様、申し訳ございませんが禁煙ですのでご遠慮願えますか」
店員にたしなめられた。
タバコが吸いたい。急いで出よう。
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