美しいあの人
「新人賞の公募に応募されてきた原稿はまず下読みに出すから
俺らみたいな編集者が読むのは、下読みを通過した奴がほとんどで
、一次選考も通過しない原稿はまず読まない」

突然小説の話になったので驚いたが、黙って聞くことにした。
「で、だいたい小説家になりたい奴ってのは、新人賞に応募してくる。
それが普通だ。だけど、そうでない奴ってのがたまにいる。
賞とか関係なく、小説家になりたいから原稿を読んでくれっていって編集部に送りつけてくる奴だ」
松井さんはまたため息をついた。
「かならずこの時期に……あいつは送ってくるんだよ。毎年同じ物を」
「同じ物?」
「そう、同じ物。もう何年になるか忘れたが、毎年同じ物を送ってくるんだ」
「それ、賞に出したりするよう勧めたりはしないいの?」
松井さんが顔を歪めた。
「それができればなあ」
「できないの?」
松井さんが半笑いになる。
「それがな。小説にすらなってないんだよ。
ひたすら原稿用紙に何枚分も同じ言葉をつらつら書き連ねてるだけなんだ。
最初は驚いたよ。なんだこりゃって。いたずらかと思ったしな。
だけど毎年毎年同じ物を送りつけてくる。
毎年この時期になると、ああまたそろそろあいつからアレが届く時期だなあと思って憂鬱になる。
だけど、来るとなんとなく安心するんだ。ああまだ生きているな、って」
よくわからない。
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