美しいあの人
「ねえ、どうしてそれ同じ人だって分かるの? 
それにまだ生きてるって安心するってどういうこと? 
松井さんの知ってる人でもなんでもないんでしょう?」
「ああ。明らかに病的なんだ。
あれを毎年いたずらでわざとやっているとしても病的だし、
真面目にやっているんだったら、どこかいかれてるとしか思えない」
あたしは首を傾げつつも黙って聞く。

「ずーっと、「小人さんが代わりに書いてくれるから」っていう文章が規定枚数分、
それだけプリントアウトされてるんだ。
それがきちんと投稿原稿みたいに綴じられて、名前も住所も略歴も書いてある。
うちの編集部だけに送ってきてるのか他にも送っているのかわからんが、
俺はもうそいつの名前も覚えてしまって、届くとイヤな気持ちになる。
だけど、少なくとも死んではいないと思って安心するんだ。
そろそろ届くなあと思って複雑な気持ちだよ」
「はあ」
「変な話だろ」
確かに変な話だ。

「そいつがどういう奴なのか俺にはまったくわからないし、
男か女かすらもホントのところはわからない。
だけど、そいつが毎年それを送ってくると、
俺はそいつが生きているんだと思って訳のわからない気持ちになる」
「変わった人がいるもんだね」
「ああ」
松井さんもあたしも、しばらく黙ってお酒を飲み続けた。
変な話を聞いたなあと思った。
だけど、そのなんだかわからないプリントアウトを毎年見ては複雑な気分になる松井さんは
もっと困っているのだろう。
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