美しいあの人
芙美子さんからは時々「
いい加減にあきらめたら。早く返して」
などと留守電が入るようになっていた。
あたしはそれを無視した。

芙美子さんが祐治を呼び出す回数も増えているようで、
祐治はまた色々な洋服を持ち帰るようになっていた。
ジョン・ガリアーノのシャツなど、
明らかに以前よりも高価な物が増えていたがあたしがそれらに心を揺さぶられることはなかった。

なぜって、あたしは芙美子さんに勝てるだけの自信を手に入れたからだ。
祐治は少なくともしばらくはあたしの元を離れないだろう。
離れられないはずだ。
あたしは芙美子さんからのプレゼントよりも、祐治が喜ぶ物を与えている。
離れる訳がない。
それがあたしによって与えられているとは気づいていなくても。
祐治が「小説を書いている」という妄想にとらわれていることを芙美子さんに確認してから、
あたしの仕事がひとつ増えた。
あの日あたしはマンガ喫茶で、祐治と自分のことを日記風に綴ってみた。
そしてそれを帰宅してからこっそり祐治のパソコンにコピーしておいた。
しばらくは祐治の様子はいつもと変わらなかったが、あたしはその試みを続けることにしてみた。
出勤前にマンガ喫茶に立ち寄り、数時間四苦八苦しながら文章を綴る。
文章の善し悪しなんかわからないし、作法もなにもあったものではなかったが、
とにかく書き続けた。
帰宅後祐治が寝ている最中にそっと彼のパソコンへ続きをコピーしておく。
< 98 / 206 >

この作品をシェア

pagetop