カクテル~Parfait Amour~
妃緒をベッドに寝かせ、荷物をなんとか運びこんだ。

寝室に戻ると、妃緒は手首にカミソリをあてがっていた。
この頃は常に持ち歩いていたのだ。

「妃緒、約束したよね。
今度切りたくなったら俺が切ってあげるって。」
「そんなことしたら、一歩まちがったら高裕さんが犯罪者になるんだよ…?」
妃緒の声は、どこか遠くから話しているようだった。

「いいんだよ。
妃緒は切ることで、なんとか自分を保ってここまでがんばってきたんでしょう。切ったら落ち着けるんでしょう。だから、切ることは止めない。
でも俺は、俺自身よりも大切な妃緒を、妃緒が自分で傷つけるのを見ているのは耐えられないんだ。」

妃緒はだまって俺にカミソリを渡した。
真っ白な長い指の左手を握る。もう後戻りはできない。
「本当に切るよ。痛いんだからね。いいんだね?」
「いいよ…」

痕が残りにくいようにできるだけ浅く、でも妃緒の気が住むように長く、赤い線を刻んだ。
体がびくついたから、やはり痛かったのだろう。

「もっとざっくり切って。」
「今日はこれでがまんして。
またいつでも切ってあげるから。」

傷口を消毒し、ガーゼを貼った。
妃緒は俺の腕を拒み、一人でベッドにもぐった。

俺はベッドにこしかけて、見えない妃緒の顔を見つめているうちに夜が明けた。
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