大海の一滴
「いえ、高橋さんのところは共働きでしょ? だから、お子さんのかおりちゃん、寂しくてみんなに注目されるために自作自演をしたんじゃないかと思って」
「それはちょっと」
「教頭先生、私もこんなこと言いたいわけじゃないんですよ。以前は高橋さんともお付き合いがあって、結構仲良くしていましたから。だから、バレーボールクラブだって……。かおりちゃんも一人で留守番するのは可哀想だろうからお誘いしたのに。そしたら高橋さんの奥さん、かおりちゃんをレギュラーにしたいからってコーチの若い先生に贈り物をしたり媚を売ったりして、この間の試合の時も無理矢理かおりちゃんをレギュラー入りさせたんですよ。おかげで、実力のあるまゆみは可愛そうにレギュラーから外されて」
渡辺さんは薄い唇を尖らせた。
(かおりちゃんを苛めるようになった原因は、その辺りなのかもしれない)
麗子は他人事のように考えていた。
他三人の保護者の反応を見る限り、渡辺さんの話には独りよがりな部分がありそうだ。
ただ、高橋さんがクラブに入ったことで、それまでレギュラーだった渡辺さんが外され、高橋さんがレギュラーになったのは事実だろう。
渡辺さんも高橋さんも、運動神経は良いほうだけれど、二人を比べると高橋さんの方が少し上回っている。
贈り物どうこうを除外しても、高橋さんはレギュラーになったはずだ。
人一倍プライドの高い渡辺さん親子には、それが信じ難いことだったのだろう。
「とにかく、あすこの家庭にはいろいろと問題があるんです。指導するのはむしろかおりちゃんの方じゃないかしら。夏川先生はまだ若いし、お子さんもいらっしゃらないから、子供達の本質を見抜けないのも仕方の無いことかもしれませんけど」
両手で湯飲みを包み込むようにして上品にお茶を啜り、古い茶葉ねと、渡辺さんはくっきり線の目立つ眉をひそめた。
「それから昨日、ご自身の恋愛のお話をされたとか」
一際尖った視線が注がれる。