大海の一滴

「なんでも、イケメンのバーテンと付き合っていると自慢したそうですね。先生もお若いですし、お付き合いしている方がいらっしゃるのは当然の事ですけれど、それをクラスで堂々とお話しするのは小学校の教師としてあるまじき事なんじゃありません? それに、まして、夜のお仕事をしている男性だなんて」

 ねぇ。と、渡辺さんが三人に同意を求める。ええ。と三人が頷いた。
全ての苦情は想定内だ。麗子は間違ったことなど一切していない。


(けれど、私は負けるのだわ)



 麗子に反論は許されない。
麗子はただ黙って保護者の怒りを受け止め、理不尽だと知りながら頭を下げるのだ。
 結局、モンスターとなった保護者に教師は勝てない。
こういう場面で、学校側は穏便に済ませることを切に望む。
教師の替えは、つまり麗子の代わりはいくらでもいる。
 一人の教師が謝罪して、ちょっとした罰を受ける程度で終焉するなら、それに越したことは無い。



(あとは、タイミングを計って謝るだけだわ)

 元々教師に憧れていたわけではない。
働くため、親のため、そんな程度の気持ちだった。

 大丈夫。なんでもない。

 何度も自分に言い聞かせる。その時だった。



(??)

 軽快なノックオンが響いた。

「加賀です」
「吉川です」
「どうぞ」
 校長先生の許可で扉が開き、二人の先生が丁寧にお辞儀をしてから中へと入って来る。

「何なんですか?」
 渡辺さんがいぶかしむ。

「申し訳ありません、私が呼び立てました。ご存知のとおり、吉川先生は、一、二年生の時、加賀先生は三、四年生の時の、渡辺まゆみさんの担任をしていました」
「?」

「今回の件の直後、彼らがどうしても話しておきたい事があると自ら申し出たのです」
「一体、どういうことです?」

 渡辺さんの鋭い視線に、まだ二十五歳の吉川先生は怯えた様子を見せたが、一瞬麗子に視線を絡ませ、決心したように震える声で話し始めた。


「渡辺さんが、陰でクラスメートを苛めるようになったのは、私が彼女の担任をしていた二年生の、四月頃です」

「あなた、何を言い出すの?」

 渡辺さんの血相が変わる。 

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