大海の一滴
渡辺さんの声色が変わった。
「いいところへ来たわ。ねえ、おかしいのよこの人達。やっぱり公立の学校は……」
妻を片手で制し、渡辺さんのお父様は深々と頭を下げた。
「妻が、大変失礼を致しました」
「……どうして? 悪いのは学校側よ」
「いつまでそんな恥ずかしいことを言っているんだ、お前。この大事な時に一体何を考えているんだ」
「でも」
「とにかく、帰るぞ」
渡辺さんのお父様は妻を一瞥し、退席を促した。
唇を噛み、何か言いたげにしながらも、渡辺さんのお母様はつかつかと応接室を後にする。
後の三人もホッとした面持ちで渡辺さんに続いた。
最後の津田さんだけは途中で足を止め、おずおずと校長先生に言い寄った。
「あのう、今日のことは娘の内申には……」
「もちろん、関係ありません」
安堵した表情を浮かべた津田さんは、麗子を振り返り軽く会釈をして帰って行った。
一人残った渡辺さんのお父様はもう一度礼儀正しく頭を下げ、残った教師たちに好意的な笑顔を向けた。